西国の城

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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
二条城 26104-01 西京都市中京区二条通堀川西入二条朝 徳川家康が慶長8年(1603年)に京の宿館として建設した。
周山城 26104-02 京都市右京区京北周山町 天正8年に明智光秀が丹波の土豪の押さえや京と若狭を結ぶ周山街道の押さえの城として築いた。
宇津城 26104-03 京都市右京区京北下宇津町 丹波の国人宇都氏の居城で、天正7年(1579)に明智光秀の丹波攻略により落城した。   
如意岳城 26104-04 京都市左京区鹿ヶ谷大黒谷町 東山の大文字山山頂一帯に築かれ、管領細川高国や将軍足利義輝が陣を敷いた陣城である。
中尾城 26104-05 京都市左京区浄土寺大山町 文18年(1549)に幕府奉公衆のほか 細川晴元、六角定頼の協力を得て足利義晴が築いたとされる。
大山出城 26104-06 京都市左京区浄土寺大山町 詳細不明。
宮内少輔城 26104-07 京都市左京区一乗寺堀の内 京の近郊一条寺に勢力を有した土豪の渡辺氏が築いた居館である。
山科本願寺 26104-08 京都市山科区西野山科町 文明10年(1478)から本願寺八世蓮如上人が建立し、天文元年(1532)に法華宗徒の攻撃で消失した。
指月城 26104-09 京都市伏見区桃山町 豊臣秀吉が、指月の岡の隠居屋敷を文禄3年(1594)から改築し、天守などを備えた城郭として整備したのが指月城である。
木幡山城 26104-10 京都市伏見区桃山町二ノ丸 慶長元年(1596)の大地震で指月城が倒壊し、直後から秀吉は木幡山に築城を開始、翌年に天守、殿舎が完成した。
丸勘城 26206-01 亀岡市稗田野町鹿谷 北面の武士であった竹岡近江守為信が野武士となり、丸勘城に移り住んだとの史料が残る。
太田城 26206-02 亀岡市稗田野町太田 嘉吉年間(1441〜44)以前に松井肥後守宗治が築城したと考えられている。
笑路城 26206-03 亀岡市西別院町笑路 享禄年間(1429〜41)に長沢六郎正綱が別院庄に帰って後に当城を構築したと推定されている。
亀岡城 26206-04 亀岡市古世町 天正5年(1577)明智光秀が丹波攻略の拠点とするため大改修を行った。
黒田城 26214-01 南丹市園部町黒田 天暦元年(947)に森筑後守宗政が築城したが、城歴等の詳細は不明である。
園部城 26214-02 南丹市園部町小桜町 元和5年(1619)小出吉親が但馬出石から入封し、2年の歳月をかけて園部城を築いた。
宍人城 26214-03 南丹市園部町宍人 宍人城の築城年代は定かでないが、小畠越前守によって築かれたと云われる。
三宮城 26407-01 船井郡京丹波町三ノ宮 三之宮城は、土佐一国の領主となる山内一豊の先祖の地と云われる。
上野城 26407-02 船井郡京丹波町南上野 山崎氏の居城と思われている。
須知城 26407-03 船井郡京丹波町市森 須知城は、南北朝時代に須知景光によって築かれ、明智光秀により石垣の城に改修された。


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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
芥川山城 27207-01 高槻市原(三好山) 天文22年(1553年)三好長慶が畿内支配の拠点として改築し、自らの居城とした。
安威砦 27211-01 茨木市安威二丁目 戦国時代に集落南部の安威城の詰め城として築かれたと考えられている。
福井城 27211-02 茨木市東福井三丁目 建武年間に楠木正成が西国街道鎮護のために築いたとの伝承があるが、真偽の程は不明である。
余野本城 27322-01 豊能郡能勢町余野 文治年間に能勢氏の支流・能勢某が余野、川尻を領有しており、同氏によって築かれたとされる。
野間城 27322-02 豊能郡能勢町野間中 仁安3年(1168)に野間高頼によって築かれたとされる。
丸山城 27322-03 豊能郡能勢町地黄 長元年間に能勢頼国によって築かれたと云われる。
地黄陣屋 27322-04 豊能郡能勢町地黄 能勢頼次により慶長7年(1602)に構築が計画され、元和元年(1615)に完成したとされている。


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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
恒屋城 28201-01 姫路市香寺町恒屋 室町時代に赤松氏被官の恒屋氏が築いたとされる山城で、山頂の「後城」と尾根の「前城」からなる。
置塩城 28201-02 姫路市夢前町宮置 赤松氏再興を果たした政則が天明元年(1469)代々の本城であった白幡城に変えて築城した。
姫路城 28201-03 姫路市本町 池田輝政が慶長6年(1601)から9年の歳月をかけて大改修を行い連立式天守を中心に本丸(備前丸)、二の丸、三の丸、中郭、外郭を整備した。
感状山城 28208-01 相生市矢野長瓜生、森 落ちのびる足利尊氏を支援し、赤松則祐がこの城で新田義定軍を足止めした功績で、尊氏から感状を受けたことから感状山城と呼ばれるようになった。
中道子山城 28210-01 加古川市志方町岡 長禄2年(1458)赤松家が再興されて、孝橋繁広の子・繁景も中道子山城に復帰を果たした。
赤穂城 28212-01 赤穂市加里屋町 江戸城松の廊下で刃傷に及び切腹した浅野長矩の居城である。銃砲撃戦を意識した稜堡に似た形状をしている。
三木城 28215-01 三木市上の丸町 別所氏代々の居城で、天正6年(1578)羽柴秀吉が兵糧攻めにした三木合戦は「三木の干殺し」と呼ばれ歴史上に有名である。
平井山本陣 28215-02 三木市平井、与呂木 天正6年(1578)羽柴秀吉が別所長治を三木城に包囲した際、本陣を置いた付城である。
山下城 28220-01 加西市山下町 浦上久松の居城で、別所氏に味方して三木合戦で滅亡したとされる。
黒井城 28223-01 丹波市春日町黒井 丹波の赤鬼と称された荻野直正は、丹波に侵攻した明智光秀軍に攻められ天正7年(1579)落城した
岩尾城 28223-02 丹波市山南町和田 和田作右衛門師李の時、丹波へ侵攻してきた明智光秀に攻められ天正7年(1579)落城、齋頼は討死した。
竹田城 28225-01 朝来市和田山町竹田 山名宗全が家臣の太田垣に築かせた城で天正5年(1577)落城。赤松広秀が入城し、総石垣の城に大改修した。「天空の城」「日本のマチュピュチ」と呼ばれ異彩を放つ山城である。
観音寺山城 28225-02 朝来市和田山町竹田 竹田城の出城とされる。
波賀城 28227-01 宍粟市波賀町上野 弘長年間(1261〜63)に伯可荘の有力者であった波賀七郎によって築かれたと伝わる。鎌倉中期以降に武蔵国東秩父より入部した中村氏に領主の座を取って代わられている。
篠の丸城 28227-02 宍粟市山崎町山崎 貞和年間(1345〜49)に赤松円心の次男・貞範が築城し、赤松氏再興後は宇野氏が守備したが、羽柴秀吉の播磨侵攻で落城した。
柏原城 28227-03 宍粟市山崎町上比地 築城年代は定かではないが、城主に早瀬帯刀正義の名が伝わる。羽柴秀吉の播磨侵攻で落城した。
長水城 28227-04 宍粟市山崎町宇野 赤松氏の再興により文明元年(1469)長水城は修築され、同族の宇野満利が城主として入城した。
鶏籠山城 28229-01 たつの市龍野町上霞城 赤松政則は、細川勝元の娘である正室に遠慮して婿養子・義村を跡継ぎにしたことから、側室の子・村秀の為に鶏籠山(けいろくざん)に新城を築いて与えたとされる。
龍野 28229-02 たつの市龍野町上霞城 寛文12年(1672)に信州飯田から入部した脇坂安政が、1年余りを費やし再建した。
城山城 28229-03 たつの市新宮町馬立字亀の山 嘉吉元年(1441)に赤松満祐が将軍足利義教を暗殺する「嘉吉の乱」を起こし、幕府の討伐を受け、この城に籠るも敗れ、自刃した。
谷城 28442-01 神崎郡市川町谷 赤松円心の孫・則綱が明徳年間(1390〜94)に永良庄の地頭職に任じられ、永良氏を名乗り、築いた城で、赤松氏領国播磨の北方を守る城として重きをなした。
鶴居城 28442-02 神崎郡市川町鶴居 谷城(永良城)とともに築かれた城砦で、赤松氏領国播磨の北方を守る城として重きをなした。
利神城 28501-01 佐用郡佐用町平福 天正6年(1578)三木城主・別所宗治が羽柴秀吉に反旗を翻すと、利神城主の別所日向守林治もこれに従ったため、上月城の尼子勝久、山中鹿之助に攻められ落城、滅亡した。。
平福陣屋 28501-02 佐用郡佐用町平福 寛永17年(1640)播磨山崎城主・松平康映の子・康朗が5千石を分知され、平福に陣屋を構えた。
長谷高山城 28501-03 佐用郡佐用町横坂 播磨最大の勢力を有した赤松氏発祥の地と云われる。


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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
郡山城 29203-01 大和郡山市城内町 信長から大和一国を与えられた筒井順慶が改修、居城としたが、天正13年(1585)に豊臣秀吉の弟・秀長が代わって入城、現在に残る大改修を行った。
秋山城 29212-01 宇陀市大宇陀春日 宇陀三将の一人された秋山氏の居城で、豊臣秀長が大和に入国した際に秋山氏は追放され、秀長の家臣や福島正則の弟・高晴の時代に中心部が石垣造りの城に改修された。
赤埴下城 29212-02 宇陀市榛原赤埴乙 南北朝期に赤埴氏が築いた赤埴上城の支城と考えられているが、城歴等の詳細は不明である。
赤埴城 29212-03 宇陀市榛原赤埴上俵 南北朝時代に赤埴氏によって築かれた城砦である。
檜牧城 29212-04 宇陀市榛原檜牧自明 宇陀三将の一人とされた沢氏の同名衆である赤埴氏の詰城と考えられている。
西宮城 29342-01 生駒郡平群町西宮1丁目 嶋城とも云われる。嶋氏一族では嶋左近が有名である。
椿井城 29342-02 生駒郡平群町椿井 椿井氏の居城であったが、松永秀久に押さえられ、松永氏滅亡後筒井氏に渡り、嶋左近が在城した。
八辻城 29385-01 宇陀郡曽爾村掛字八辻 在地土豪である桃俣三田氏の築城とされるが、城歴等の詳細は不明である。
秋葉城 29386-01 宇陀郡御杖村神末 伊勢の国司北畠氏家臣の新発内蔵亮が築いたと伝えられるが、城歴等の詳細は不明である。
越智城 29401-01 高市郡高取町越智字オヤシキ 南北朝時代に越智氏によって築かれた居館である。
貝吹山城 29401-02 高市郡高取町寺崎 越智氏の本拠越智城の詰の城として、また北の平野部への進出拠点とされた城である。
高取城 29401-03 高市郡高取町上子嶋 大和に入国した豊臣秀長が家臣の本多正俊に命じ、天正17年(1589)から城の大改修を行わせた。


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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
和歌山城 30201-01 和歌山市一番丁 羽柴秀吉が弟秀長のために天正13年((1585)築城。関ヶ原合戦の戦功により浅野幸長が城主となり増改修を行う。元和5年(1619)徳川家康の第10子頼宣が御三家紀州藩を立藩し、更に改修した。
南山城 30201-02 和歌山市奥須佐 南北朝期の塩谷高貞の出城と云われるが、現存の遺構は秀吉の紀州攻めとの関連が指摘される。
広城 30362-01 有田郡広川町名島 応永の乱後、畠山基国が南朝方の湯浅氏や楠木氏の残党を見張るために築いたと云われる。
小坊子嶺城 30382-01 日高郡日高町池田 大永2年(1522)阿波の三好義長が、畠山高国の隙をねらって由良湾に上陸し、小坊子嶺城を築いた。
鳶之巣城 30391-01 日高郡みなべ町土井 応永の乱の戦功で南部川谷を授かり、まもなく鳶之巣城を築き居城にとしたと云われる。
要害山城 30401-01 西牟婁郡白浜町富田 明応3年(1494)安宅氏が家臣の吉田春秀に旧生馬村を与えて、築かせた城とされる。
安宅勝山城 30401-02 西牟婁郡白浜町塩野 安宅本城の南方の要として築かれた支城で、側面石垣積みの堀切が見所である。
安宅八幡山城 30401-03 西牟婁郡白浜町矢田 安宅本城の北の要として築かれた支城で、詰めの城の役割も果たしたと云われる。明瞭な横堀や城道が残る。
安宅本城 30401-04 西牟婁郡白浜町矢田 享禄年間(1528〜32)安宅河内守頼春が築城した安宅氏の本城で、熊野水軍の一時代を築いた豪族である。地表に遺構は残っていない。
大野城 30401-05 西牟婁郡白浜町大野 安宅氏の執事を務めた大野五兵衛の居城とされ、安宅本城の西を護る役割を担った支城である。
土井城 30401-06 西牟婁郡白浜町田野井 土井氏の居城である。享禄3年(1530)安宅12代領主故大炊頭実俊の相続争いにより三男若狭守基定の跡目を土井氏が相続したが、のち土井城も攻め落とされた。石垣を伴った大規模な横堀が見事。
神田城 30406-01 西牟婁郡すさみ町神田 永禄12年(1569)宇都宮道直によって築かれたが、石山本願寺で信長と戦ったのち、武士を捨てた。
中山城 30406-02 西牟婁郡白浜町田野井 室町時代に榎本判官直光によって築かれたと云われる。安宅氏に攻められ従属したと云われる。
虎松山城 30428-01 東牟婁郡串本町和深 村上源氏の流れを汲み、和深八幡の神主でもある在地領主の村上氏の詰め城と推測されている。尾根筋上の畝状空堀が見所。



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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
備中高松城 33101-01 岡山市北区高松 天正10年(1582)羽柴秀吉の水攻めで、羽柴・毛利の和議の証として清水宗治が小船上で自刃した。
岡山城 33101-02 岡山市北区丸の内二丁目 町 慶長2年(1597)に完成した宇喜多秀家の城で、昭和20年6月28日の岡山空襲で惜しくも消失し、昭和41年に天守や不明門、廊下門、六十一雁木上門、塀の一部が再建された。
常山城 33104-01 岡山市南区灘崎町荘内 天正3年(1575)備中騒乱で三村氏とともに、毛利氏に攻められ、婦女子まで討死、落城した。
下津井城 33202-01 倉敷市下津井 慶長8ー11年(1603-06)に徳川家康の命で西国への押さえとして近世城郭に大改修された。
経山城 33208-01 総社市黒尾 天文年間に大内義隆が築城し、毛利氏が改修、天正10年の羽柴氏との和議で廃城となった。
鬼ノ城 33208-02 総社市奥坂 古代朝鮮式山城で凡そ1300年前に築かれた山城で、遺構に残る土木技術の高度さに驚かされる。
備中松山城 33209-01 高梁市内山下 中世城郭の一部を天和元ー3年(1681-83)に水谷勝家が近世城郭へと大改修した。
大松山城 33209-02 高梁市内山下 有漢郷の地頭となった秋葉重信が仁治元年(1240)に大松山に創築、以後、各城主が拡張を重ねた。


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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
青木城 34205-01 尾道市因島垂井町 永禄10年(1567)村上新蔵人吉充が余崎城から青木城に本城を移した。
青陰城 34205-02 尾道市因島中庄町青影山 安芸小早川氏の芸予叢島侵攻に対し、南朝方の伊予衆が堂崎山城と青陰城を築いたとされる。
千守城 34205-03 尾道市因島三庄町 至徳3年(1386)に竹原小早川弘景が三津荘領家職を給与され、この頃に築城されたとされる。
俵崎城 34205-04 尾道市瀬戸田町鹿田原 康永元年(1342)に小早川氏が侵攻し、俵崎城は沼田小早川氏の庶流の一族生口氏の館城とされる。



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城郭名 No 所在地 概       歴 遺存度
遠見山砦 38202-01 今治市波方町樋口字海山 来島城や波方館の水軍城砦群の一つとして置かれた遠見番所である。
来島城 38202-02 今治市波止浜字来島 伊予海賊の頭領村上義顕の三男・吉房が分家し、来島村上氏を名乗り来島城を築いたと云われる。
甘崎城 38202-03 今治市上浦町甘崎 藤堂高虎が関ヶ原合戦の功で伊予半国を与えられ、今治城の支城として改修した。
宮窪城 38202-04 今治市宮窪町大窪 下方の幸賀屋敷と一体で平時の村上氏当主たちの居住地であったと考えられている。
今治城 38202-05 今治市通町 藤堂高虎が瀬戸内海中央部の制海権確保のため、慶長7年6月から2年余の歳月を費やし築いた海城である。
能島城 38202-06 今治市宮窪町能島 応永26年(1419)村上義顕の嫡男・雅房が能島村上氏を起こし、詰め城として能島城を築いた。