No25503-14 神明山砦 (しんめいやまとりで)

主郭内の北西方向 現地の縄張図

城郭の概要
別  名 : 大杉山砦
所在地 : 伊香郡余呉町文室・八戸
築城年 : 天正11年(1583)
形  式 : 山城(標高294.5m)  
遺  構 : 土塁、堀切、
訪城日 : 平成23年4月10日 主郭の西堀切

歴   史
主郭北側下段
天正11年(1583)の賤ヶ岳合戦の際に、羽柴秀吉軍が柴田軍の出陣に先んじて築いた天神山砦が、柴田軍の行市山から林谷山の尾根筋への布陣により、標高が低く、近接した天神山砦は危険となり、一筋後方の尾根に堂木山砦、神明山砦を築き北国街道の封鎖ラインを後退させた。
神明山砦には、木村隼人正(重茲)、木下昌利、堀尾義晴、山路将監、大金藤八郎を入れたが、のち浮説によって山路将監、大金藤八郎を堂木山砦に移したとされる。
               

構造と感想
巾が20m〜40m程の狭い尾根筋に90m程に亘り主郭部が環郭状に構築されている。中央の土塁囲いの主郭は、14m×11m程で南東の隅に虎口を設け、周囲の土塁では西側が堅固で高さもある。主郭を囲む外郭は東西両側に50m×20m程の長方形で周囲に土塁を廻らしてあるが、主郭の南と北側は通路のみの巾しかなく、外郭は東西に二分された状態にある。
西外郭は南に虎口が開き、特に西の土塁が高く、その外側には三本の堀切が設けられ、更に90m程西に土壇(円墳?)が築かれ、その西側は急な切岸となっている。
東外郭は南東隅に虎口が開き、東の郭と南下方の犬走りに通じる。
東の郭は、33×20m程で周囲に土塁が廻り、南東と北東の隅に虎口が開く。郭内は北側土塁に沿って凹地状に一段低く、南側が高い二段構築である。進路は、北東虎口から北側の凹地を東から西に向かい、東外郭の土塁裾で左に折れ、東外郭の南東隅の虎口に至るのが、順路であろう。このため東外郭の東側土塁には横矢掛かりを設け防御を固めている。東の郭から180m程東に円墳状の土壇があり、櫓の存在が想定されている。
尾根筋上方に三本の堀切を入れ、更に郭の西側土塁を分厚く高くして、峰筋の軍道を使った柴田軍の攻撃に備え防備を固めているのがよく分かる縄張りである。

道 案 内
国道8号の木之本IC口交差点から北に国道365号を5.1km程行き、余呉町役場を越えて最初の十字路を左折する。西に道なりに500m程進むと火葬場で道路脇に駐車し、そこから西に100m程先で右手山裾の道に入って、一本道を進んで行くと徐々に山道になり、獣除けのフェンス沿いを峠まで登る。峠で左手の獣除けフェンスの扉を開けて入り、尾根筋を200m程登っていくと砦跡に至る。登り始めから30分程で到着する。
なお、峠の右手の尾根筋を行けば堂木山砦に至る。

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