No25461−04 須川山砦 (すがわやまとりで)       

西面の土塁と城址碑 北端の横堀

城郭の概要                  
別  名 :
所在地 : 山東町須川
築城年 :
形  式 : 山城(標高350m)
遺  構 : 土塁、空堀、竪堀、虎口、
訪城日 : 平成24年4月8日

歴   史
須川山砦は、近江と美濃の国境近く東山道や北国脇往還を扼する位置にある。織田信長の江北侵攻に備え、浅井氏が敷いた国境防御ラインである南方の長比城、北方の刈安尾城の間、長比城の尾根伝い北西300mに築かれたのが当砦である。この配置から長比城と共に国境守備の砦として機能したものと思われる。

構造と感想

  (主郭南方向)  
須川山砦の規模は、南北約70m、東西約50mとコンパクトであるが、遺構の残存状況は非常に良く見応え充分である。
縄張りは、ほぼ単郭と云え、主郭が東西約15〜8m、南北約25mの台形状を呈し、周囲は分厚い土塁に囲繞されている。虎口は西面北隅と南面西隅の二ヶ所に開口し、虎口前で90度折れ郭内に入っている。虎口の土塁は、喰い違いとし、脇の土塁は広く櫓台とし、横矢が利くようにしている。
砦の東西面は急斜面で、南北面が尾根筋で緩斜面となるので、北端部では東面に二条、西面に三条の竪堀を穿ち、その内に分厚い土塁、横堀を構え、さらに主郭北面に櫓台を設け横堀に横矢を利かせている。横堀の中央付近から南へ櫓台の西面を通ると、主郭の西面北隅虎口へと通じている。横堀の西端からは、西面腰郭へと通じている。南面は、緩斜面の割に明瞭な防御施設が見当たらない。

道 案 内
国道21号の米原IC口交差点から東・大垣方面に8.4km程行った柏原交差点で左折し、県道551号線に入る。北に1.6km程行った須川バス停のあるT字交差点を右折し、東に260m程進むと須川集会所前に至る。そこで右折し90m程南西に戻り十字路で左折する。200m程東進した所の神社に駐車する。
道の先にある獣除けフェンスの扉を入り、やや左方向に砂防堰堤のある大きな谷筋を少し奥に入ると右手に小さな谷が合流して来る。その2本目の谷筋に入り、南方向に尾根に向かって登る。尾根筋に到達すれば(幅広の分厚い白いテープが多数取り付けられている。)、左手の東方向に尾根筋を登って行くと頂部に出る。頂部の左手50m程の所が砦跡である。右に行けば長比城に通じる。

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