No25443-12 | 八尾山城 | (やつおやまじょう) |
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北東方向・青龍山を望む | 郭間の堀切 |
◆ 城郭の概要 |
別 名 : |
所在地 : 多賀町藤瀬、仏ケ後 |
築城年 : 不詳 |
形 式 : 山城(標高617m) |
遺 構 : 土塁、堀切、土壇、竪堀、虎口、 |
訪城日 : 平成22年6月12日 |
![]() 南郭の櫓台 |
◆ 歴 史 |
「大乗院寺社雑事記」の明応2年(1493)10月22日の条に「江州は京極大膳大夫政経引退、八尾城に在り、細川政元より合力すべし、・・・・京極中務少輔高清近江に打ち入る」とあり、また「嶋記録」の天文4年(1535)正月の条に「今井敏満寺ニ有し比、多賀豊後守居城ヲ敵責候事有と見へ申候、豊州城、古ハヤツヲ セウラクジナドにもありしよし申伝候・・・・」と記され、八尾山城に京極政経が拠り、また、多賀豊後守の城であったことが知られる。 |
◆ 構造と感想 | ![]() 南郭櫓台の石積み |
城跡は、標高617mの八尾山山頂に築かれ、南北約110m、東西約54mの規模を持つ。中央やや北寄りに堀切が設けられ、北郭と南郭に分かれている。北郭は、北東と南西の方向の尾根が掘り切られてあり、削平地の北側には防御と北風除けを兼ねた高い土塁を設けている。南郭は、山頂が広く削平され、北・中・南に土壇が認められ櫓の存在が考えられる。削平地の東側には、幅約5.4mの帯郭が設けられ、上段への虎口も残っている。 丁寧な普請が施され明瞭な遺構が残る。急峻な山に加え430mもの比高のある山頂に築かれ守備の堅固な城郭である。西方への見通しは抜群である。 |
◆ 道 案 内 | ![]() |
名神彦根ICを出た国道306号の原町交差点を東の多賀方面に道なりに7km程行った国道307号の敏満寺中交差点で左折する。県道226号線に入り、東に道なりに犬上川沿いを4.1km程進み藤瀬集落のGSを40m程通り過ぎた十字路で右折する。急な坂を下り、橋を渡った160m先に八尾山観音寺の石碑がある。その石碑で右折し、道なりに340m程行くと左手に林道の入口があるので、鋭角に左折する。後は林道を3.5km程上って行くと分岐部があり、その先150m程で林道は崩落しており、通行不能になっている。この辺りに駐車し、徒歩で崩落部を越えると林道は左に急カーブする。カーブの先端に登山道がある。確りした登山道で25分程も登ると城跡に至る。 |
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