川尻城  No23582−05 (かわしりじょう)       

西より櫓台を見る 南斜面の腰郭

城郭の概要                  
別  名 :
所在地 : 新城市(作手村)作手高里字城山
築城年 : 応永年間(1394〜1428)
形  式 : 平山城
遺  構 : 土塁、空堀、堀切、模擬冠木門、
訪城日 : 平成26年11月30日

歴   史
奥平貞俊が天授年間(1375〜80)に上野国甘楽郡奥平郷より三河国作手の領主・山崎三郎左衛門高元を頼って落ち延び、鴨ヶ谷甘泉寺に寓居していたが、やがて人望を得て川尻城を築き居城としたとされる。
その後、応永31年(1424)に亀山城を築いて本拠を移し、川尻城はその支城となった。

構造と感想
奥平氏の居城・亀山城から北に直線距離で約2kmの所に位置する比高40m程の小丘に築かれており、亀山城とほぼ同規模の城砦である。現状は、「創造の森城山公園」として整備されている。
構造は、東西にやや長い頂部に主郭を置き、山腹に腰郭が全周を巡り、さらに南西部下方に二段の腰郭が付帯している。主郭の北側中央に櫓台状の大きな土壇があり、東端の堀切に面して分厚い土塁を設けている。この外にも南面や北面の一部に土塁の痕跡が見られ、また、土壇の南側に仕切り土塁の痕跡が認められる。全周を巡る腰郭は、仕切り土塁や段差により細分されている。尾根続きの東側は堀切で遮断を図っている。基本的には単郭の館城であるが、防御性は高い造りとなっている。
中腹の入口には模擬冠木門や防護柵がつくられ、城砦の雰囲気が感じられる。主郭からの見晴らしも楽しめる。

道 案 内
新東名高速道の新城インターを下りて国道151号の南方向(新城市役所方面)に入り、5.3km程行った杉山北交差点で右折し国道301号に入る。最初は北上し、その後道なりに16km程行くと右手に道の駅「つくで手作り村」がある。その先へ2.3km程行った川尻バス停を越えたT字路で右折し細い道に入る。東に250m程i行った左手の小丘が城跡で、途中まで車で上れる。

TOPへ 戻る

 腰郭の土塁        東端の堀切