No25464-8 嶋氏舘 (しましやかた)       

舘跡の春日神社 城趾碑

城郭の概要
別  名 : 飯村城
所在地 : 坂田郡近江町飯
築城年 : 不詳
形  式 : 平城(居舘) 
遺  構 : なし                  
訪城日 : 平成23年12月3日

歴   史
江北守護の京極氏根本被官今井氏の家老として嶋氏がこの舘に住した。
館の東には北国街道の飯村の渡しがあったことから、嶋氏が交通の要衝を管理する立場にあったとされる。浅井氏滅亡後に嶋氏はこの地を離れたが、遺領や位牌を家臣の嶋仲間4組が守り、毎年法要を行っている。
石田三成の重臣・嶋左近は、出自が定かでなく大和説が有力とされるが、この嶋氏の一族という説もある。

構造と感想
舘は、大字飯村の東部地区の最北部に位置する四囲を水路に囲まれた一画に比定されている。現在でも覚左衛門屋敷、仁左衛門屋敷、新六屋敷と呼ばれ、嶋屋敷として近辺の人々により管理されている。
舘比定地の北側水路は、明治中期まで通船川として荷物の運搬に使われ、その上流では今井氏の居城・箕浦城(大字箕浦)をかすめ、堀氏の城館・能登瀬城(大字能登瀬)の外郭をなす要路要濠となっていた。
特に「嶋記録」と呼ばれる多数の古文書が残されており、江北の戦国史を解明する貴重な資料となっている。
城趾碑では春日神社一帯を舘跡と書かれているが、地形図を見ると道を挟んだ北側が館跡地のように思われる。

道 案 内
国道21号の米原IC口交差点を西に2.1km程行った西円寺交差点で右折する。国道8号に入り北に 1.1km程行った顔戸南交差点で左折し、西に640m程行くと飯交差点でそこを左折し、県道556号線に入る。県道556号線を南に440m程進んだ左手が飯村橋でその反対側(飯村バス停)を右手に下りて行くと飯の集落に入る。路地を下りて直ぐの右側に避難場所の看板があり、その右手奥が春日神社で一帯が嶋氏館跡である。

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