No25384−02 野寺城 (のでらじょう)       

畝状竪堀 主郭北西隅の井戸跡

城郭の概要                  
別  名 :
所在地 : 蒲生郡竜王町川守
築城年 : 永禄11年(1568)
形  式 ::山城(標高204m)
遺  構 : 竪堀、井戸
訪城日 : 平成22年1月22日

歴   史
野寺城の築城者、時期等については不明であるが、「淡海温故録」の蒲生郡野寺の項に「雪野ノ寺ト云フ安吉山竜王寺ト云フ也・・・・ 中略 ・・・・此処ニ吉田一族代々在城ノ由安芸守定雄此山ノ内ニ城アリト云フ」と記されてあり、この野寺城が吉田氏在城の城とされている。
一方、遺構の状況からは、永禄11年(1568)の織田信長の近江侵攻によって引き起こされた織田・六角氏の軍事的緊張の中で構築されたものではないかとも考えられている。
なお、吉田氏は、近江源氏佐々木六角氏に仕え、戦国の世に弓の一族として知られ、その11代目の吉田出雲守重賢(将軍足利義晴弓術指南役)は「日置吉田流」を編み出し、近代弓道の基礎を築いたと云われている。

構造と感想
蒲生野の南はずれに聳える雪野山南東端にある「城の腰」と呼ばれる比高差約40mの鞍部を隔てて、三つのピークをもつ独立峰があり、野寺城は「城山」と呼ばれる北端のピークに築かれている。雪野山の周囲は、南西山麓に日野川が、東側に佐久良川が、北東山麓に白鳥川が流れ、山上からは近江の中央部を一望できる要害、要衝の地で、遺構としては、山頂が東西約35m、南北約25mの楕円状に削平され、北西隅に井戸跡とされる窪地が残っており、主郭と見られている。この主郭の東、南、北側には、帯郭や犬走りを設け、さらに山頂部の郭に向かって何本もの鋭い竪堀を構築して防御を固めている。特に東側斜面には複数の竪堀が畝状に配置され、見応え十分である。
なお、竪堀を多用して斜面を防御する手法は、六角氏勢力下にあった蒲生、神崎郡の山城としては大変珍しいとされている。

道 案 内
名神高速道竜王インターを下りて国道477号を北に300m程行った薬師交差点で右折し、道なりに4.2km程北東に行くと県道14号線の雪野山口交差点に至る。同交差点を直進し400m程先、日野川を渡った北詰めを右折する。川沿いに南東方向に850m程進むと突き当たりが竜王町雪野山史跡広場「妹背の里」で、駐車場が利用できる。城跡へは、「妹背の里」建物背後の山裾に張られた獣除けフェンス沿いを右に行くと扉が設置されており、その入口から山道に入り、北端のピークを目指して登ると城跡に至る。
なお、龍王寺から城跡に通じる道がハイキングコースとして整備されているとのことである。 

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