No25365−17 | No25365−18 | ||
神保城 | 佐治城 | ||
(じんぼじょう) | (さじじょう) |
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神保城 東端の土塁 | 佐治城 中央の堀切 |
◆ 城郭の概要 | ◆ 城郭の概要 | |
別 名 : | 別 名 : | |
所在地 : 甲賀町神保小字門ノ前 | 所在地 : 甲賀町小佐治字城殿、滝谷、峠、杉谷、山手 | |
築城年 : 室町期 | 築城年 : 南北朝期 | |
形 式 : 丘城 | 形 式 : 丘城 | |
遺 構 : 土塁、土壇、 | 遺 構 : 土塁、堀、堀切、竪堀、見張り台、 | |
訪城日 : 平成23年11月12日 | 訪城日 : 平成23年11月12日 |
◆ 歴 史 |
・・・・神保城・・・・は、室町期に神保兵内が築いたとされるが、詳細は不明である。 |
◆ 構造と感想 |
・・・・神保城・・・・は、杣川の支流の佐治川流域の甲賀町神保のうち大藪集落に接した丘陵上に築かれている。周囲の地形は複雑に入り組み集落から10m〜20m程の高さの小丘陵が広がっている。城は、「城山」と呼ばれる比高20m程の小丘陵の頂部に存している。構造は、尾根の地形に従った削平面を連旦させる連郭式で、中央に堀切状のものがあるが、後世の切通しと見られている。尾根の東端部に削り残しの土塁、中央に一段高い土壇が残存する。鞍部を隔てた北東側の丘陵の西先端部にも平坦面が確認されている。単調な構造で特徴のない城であるが、手入れされ集落からの登城路も整備されている。 ・・・・佐治城・・・・は、小佐治集落の北側、北方に野洲川方面を見下ろす丘陵上に築かれている。愛宕山(見張り台)を最高所とし、南は急激に落ち込むが、北側は緩やかな斜面の丘陵地である。 遺構は、昭和25年の開墾により中心部が破壊されており、周辺部の遺構が部分的に残るに過ぎない。その僅かに残る遺構から復元すると土塁に囲繞された約50m四方の郭が東西に並び、その間を堀切で区切っていたと見られる。東郭の南東外側に堀切を隔てて土橋で連絡する見張り台とされる愛宕山が存している。北側には土塁と堀跡の桝形池が4、50m程残存する。そして西郭南面の土塁も4、50m程残存している。西郭の西側には横堀を隔てて30×25の北面に土塁の残る方形の郭が続いている。これらが佐治城の主要部と思われる。 主要部西側の谷を隔ててたピークにも東西に連なる三段の平坦面を北側土塁で一体化し、西端を竪堀で仕切った遺構が認められる。 さらにピークから南西にのびる尾根上にも北端を堀切で仕切った東西約25m、南北約35mの北面に巾2m、高さ2m土塁を伴った郭、南側に一段下がって郭を配した連郭式の遺構が残っている。 しかし、それぞれの遺構には、立地の上でも形態の上でも共通性がなく、独立性が強く、同名中組織が築いた群郭形式の遺構として貴重な存在とされる。 |
◆ 道 案 内 | ||
・・・・神保城・・・・は、国道1号と国道307号の交差部から鈴鹿峠方面に向かって2.0km程行った水口町今郷のランプで下り右折、県道126号線に入り南に1.1km程行った所で右にカーブし、引き続き県道126号線を2.0km程走ると佐山小学校前交差点に至る。その交差点を右折して290m程先の老人福祉センターバス停を過ぎた所で左にカーブする。さらに県道126号線を320m程行くと右手が大薮集落グランドで、付近に駐車。グランド中央を北に入り突き当たりの丘陵上が城跡である。 ・・・・佐治城・・・・は、国道1号と国道307号の交差部から鈴鹿峠方面に向かって2.0km程行った水口町今郷のランプで下り右折、県道126号線に入り南に1.1km程行った所で右にカーブし、引き続き県道126号線を2.0km程走ると佐山小学校前交差点に至る。その交差点を左折して県道127号線に入る。東に850m程行った甲賀もち工房のT字路で左折する。北に道なりに850m程行くと左手に池がある。これが堀跡の桝形池である。 |
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神保城 南からの遠景 | 佐治城 主要部南面の土塁 | |
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佐治城 主要部 | ||
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佐治城 主要部北東隅の桝形池と土塁 |