No24481−04 No24481−05
沢氏東館 澤村氏館
(さわしひがしやかた) (さわむらしやかた)

前面道路を通過のみのため写真なし
南側の虎口と土塁

城郭の概要                 城郭の概要
別  名 : 別  名 :
所在地 : 伊賀市(伊賀町)川東291 所在地 : 伊賀市(伊賀町)川東字井戸川1650-2
築城年 : 築城年 : 戦国時代
形  式 : 居館 形  式 : 居館
遺  構 : 土塁、堀、虎口、 遺  構 : 土塁、空堀、石垣
訪城日 : 平成25年1月12日 訪城日 : 平成25年1月12日

歴   史

・・・・沢氏東館・・・・は、川東の土豪沢氏の居館とされる。大和国宇陀三将の一人である大和沢城主沢氏の一族と云われるが、『伊乱記』にも、『三国地誌』にも沢氏の名は記されていない。
・・・・沢村氏館・・・・は、沢村氏の居館とされる。『伊乱記』の壬生野宮山合戦の項に沢村氏の名が記されており、郷士の一人であったと思われ、『三国地誌』に沢村氏宅址とある。また、江戸時代の寛永13年(1636)12月、藤堂藩からの伊賀村差出帳には「沢村三九郎十八石四扶地」とあり、藤堂藩に仕えたとされる。
なお、同家には、「忍」に関する「萬川集海」や「忍道梯階論忍利証語抄」、「忍問答」など多くの古文書が残されているようである。


構造と感想
・・・・沢氏東館・・・・は、川東集落の北端にある春日神社(神社背後の丘陵には春日山城が築かれている。)の南西約50mに位置し、四方に高さ3m程の土塁が廻らされた方形単郭の典型的な伊賀の土豪の居館である。東側と北側には堀跡も残っている。南側の虎口周辺に石垣が積まれているが、後世の改変と思われる。道を挟んだ南側の平地は出丸跡とされる。現在は、沢氏の子孫が在住されている。
・・・・沢村氏館・・・・は、川東集落の中央部にあり、分厚い土塁で四方を囲繞され、南側土塁の外面は門を挟んで両サイドに石垣が積まれ、郭内には茅葺屋根の屋敷が建ち、素晴らしい旧家の佇まいが残されている。ただし、石垣は後世のものらしい。北側にも虎口が開き、それを隠すように堀と二重目の土塁が残存しているようである。

道 案 内
・・・・沢氏東館・・・・は、名阪国道の御代インターを降りて県道2号線を南西方向に入り、830m程南下したT字交差点で左折する。50m先を直進し細い道に入る。東に120m程行った橋の手前の左手が館跡である。なお、橋を渡って真っ直ぐ行くと春日神社の鳥居にぶつかる
・・・・沢村氏館・・・・は、名阪国道の御代インターを降りて県道2号線を南西方向に入り、830m程南下したT字交差点で左折する。50m先で右折し南に590m程行くと右手に壬生野郵便局がある。その130m程先の左手奥の土塁に囲まれた民家が城館跡である。

沢氏東館   沢村氏館 TOPへ 戻る

南側土塁の郭内から