五本松城  No20217-09 (ごほんまつじょう)       

主郭東方向 主郭側面の石垣

城郭の概要                  
別  名 :
所在地 : 佐久市志賀字香坂入
築城年 : 文亀・永正年間 (1501〜21)
形  式 : 山城
遺  構 :土塁、竪堀、堀切、石垣
訪城日 : 平成30年4月30日

歴   史

城歴が不明なため、『長野県町村誌』では「志賀城の物見」、長野県中世城館跡分布調査報告書』では「狼煙台」としているが、残された遺構の規模や造りは「本格的な山城」である。
『長野県町村誌』は、文亀・永正年間(1501〜21)に内山美作守玄苓が居住し、大永年間(1521〜28)に笠原氏によって滅ぼされたと記している。この事件の後に「志賀城の物見」になったか ?


構造と感想

志賀川と滑津川に挟まれ東から西に伸びる山稜の志賀と内山の間に聳える急峻な岩山上の標高941m、比高215mのピークに五本松城が、その西側の標高925mのピークに五本松城西城が築かれている。
両城とも東西に細長い頂部を削平し三段に郭を連ねた連郭式の山城である。
西城の郭は東から西へ下がり、南に帯郭が付帯している。その周囲は岩が露出する岩場が取り巻き、急峻で近づくのを阻んでいる。五本松城へ連なる東側斜面にも露岩が突き出し、その間にニ本の堀切が穿たれている。そして、鞍部を経て五本松城の西斜面に取付く。
西斜面を少し登ると土塁を伴った堀切、その上方に小段があり、武者隠しであろう。この上方が五本松城の主郭である。主郭の北側に二段に分かれた腰郭が、南側に帯郭が付帯している。主郭の東側にも堀切が入っており、独立性の強い造りとなっている。堀切の東側に二郭、三郭が連なり、東端を二本の堀切で遮断している。三郭の北斜面に三本の竪堀を落としている。
なお、主郭の肩や側面の各所に石積みが見られ、往時は四周を石積みで固めていたと思われる。
内山城や志賀城を指呼の間に見通せる立地や本格的な造りの山城でありながら、伝承も残らない謎の城である。


道 案 内
峠の十字路


登り口(栗石の奥)
中部横断道の佐久南インターを降りた佐久南IC交差点を左折し国道142号の東方向に入る。1.5km程東進した跡部交差点を直進し国道254号に入り、東に1.1km程走ると野沢本町交差点で、そこを左折する。国道254号の平賀バイパスに入り、東に2.5km程行った佐久総合運動公園南西側のコンビニのある北耕地交差点で左折する。北に道なりに2.6km程行くと家畜改良センター中心部にあるセンター前交差点に至る。そこで右折して1.1km程東進すると県道44号線との新子田交差点に出る。交差点を右折して県道44号線に入り、東に1.8km程行くと左手に「志賀郵便局」ある。そこから580m程東進した十字路で右折し細い道に入る。160m程南下し道は右曲り、280m程西進すると分岐があり右手に進む。270m程進むと峠に十字路があり左折する。駐車スペースあり。道を東奥へと入ると広場となり、左手前方に尾根に取付く山道がある。南へ尾根筋を登る(水平距離で260m程)と東西方向の尾根筋に突き当たる。そこで左手東方向へ尾根筋を登れば城跡に至る(西城まで水平距離で330m程)。

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主郭肩の石積み         主郭西側堀切越しの武者隠しと主郭

 
二郭東側の土塁             三郭の東部

 
三郭北側の竪堀             東端の堀切

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西城主郭の東方向          西城東端の岩場の堀切

 
西城南側の露岩                    西城西側の岩場